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松山市日浦地区の川施餓鬼
松山市日浦地区の川施餓鬼高ヒット
投稿者jr5eekjr5eek さんの画像をもっと!   前回更新2013/8/19 10:13    
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川施餓鬼は、水死者の霊を弔うために、死者の名を記した塔婆(とうば)や紙片を川に流すなどする施餓鬼供養で、全国各地で行われている。
松山市日浦地区では、毎年8月15日伝統行事として他の川施餓鬼と違った供養が行われている。
今から428年前、天正13年(1585)長宗我部元親は四国統一のため伊予国に侵攻、伊予国守護、河野通直の居城、湯築城(現、道後公園)の支城、奥之城がこの地域にあった。土州(長宗我部軍)との合戦時に石手川で激戦となり、同城7人の武将達は深手を負い石手川で戦死した。
この7人武将の魂を慰めるための供養行事が川施餓鬼である。その後、豊臣秀吉の四国平定の戦いに、小早川隆景を伊予国に配し平定後、伊予国守護は小早川隆景となる。

川施餓鬼は、明治天皇が崩御された時に中止されたが、平成4年に日浦公民館主催行事、民間信仰として復活、今年21回目の川施餓鬼、毎年お盆の8月15日に行われている。
川施餓鬼の見せ場は、7人武将が描かれた武者幟(高さ12メートル、重さ30キロ)を担ぎ、鐘や太鼓に合わせて石手川を練り歩き、五穀豊穣と無病息災を祈願した。画像は、武者幟(高さ12メートル、重さ30キ) バランスをとるのが大変で、担ぎ手とロープの引手との阿吽の呼吸が必要。

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