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伊予松山藩雨乞いの滝「雨滝」
伊予松山藩雨乞いの滝「雨滝」高ヒット
投稿者jr5eekjr5eek さんの画像をもっと!   前回更新2016/11/7 9:08    
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伊予松山藩の「雨乞いの行場」として知られる景勝地が「雨滝」で、白猪、唐岬の滝水を集めて落下する水の音、樹林に覆われ昼でも薄暗い滝壺は、祈りの場にふさわしい空気が漂っている。
東温市河之内の表川に懸かる滝で、国道494号線沿いに滝の案内板があり、国道から少し入ると「雨滝」を上から見ることが出来る。
場所は、金毘羅寺の直ぐ手前(松山市より)に案内板があるので右折して200mである。
高さは3m程で滝と言える規模ではないが、雨乞いの行場として知られる景勝地とされている。
白猪の滝や、唐岬の滝の水を集めて上下に大きな淵を持つ祈りの場である。

伊予松山藩内では、天明前後して旱魃(かんばつ)長雨等気候不順で、浮塵子(うんか)が大発生し農作物の被害甚大で餓死者が大勢出た。
伊予だけでなく全国的に飢餓状態で、天明3年には浅間山の大噴火があり、東北地方はこの影響を受けて大冷害の年であった。

松山城天守が落雷で焼失したのも天明4年(1784)であった。
享保9年(1724)、宝暦5年(1755)、宝暦11年(1761)、寛政11年(1799)この1700年代には松山藩は大旱魃で水争いが各所で勃発し争いで死人が出ている。
寛政11年(1799)7月の大旱魃による被害は67、000石余に及んだと記録がある。
この年代の伊予松山藩城主は、第5代松平定英?第9代松平定国の時代で、当時の藩民特に農民は苦労したと思う。

雨乞いの祈祷が伊予松山藩内で多くの所で行われているが、此処で紹介する「雨乞いの滝・雨滝」はその一つで、当時を伺うことが出来る貴重な場所である。
通常は水神が住むとして清浄を保つが、旱魃になると雨乞いの行場として祈祷を行ったのでしょう。
「雨乞いの滝・雨滝」の側には大きな桜があった。

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